20 星の馬と優しさ

エンジニアのディーがあんなことを言っていたものの、脇田にはレイが頑なに人を拒否しているように見えた。

口を利かないどころか、食事の時でさえ、ろくに皆の前に姿を現さなかった。

相当のプレッシャーを感じていることは、誰もが理解出来た。

唯一、由里子の前では、笑顔を見られることもあった。

しかし、彼女はレイの話に、てんで取り合おうとしなかった。

「この星に永住する方法ばっかり話すのよ。そんなにお気に入りの星とは思えないんだけど」

彼女は、腰抜けのパイロットにたいへんつれなかった。由里子もレイを突き放したくなかったのかもしれない。

アキュラの地球人たちは、大男へのセンシティブな対応について、途方に暮れるばかりであった。

 

脇田が緒方たちの手伝いを終えて、X50から村へ帰る途中のことだった。

そのときはもうすでにたそがれていた。

一同が一人山道を下っていると、ボコボコと妙な音が聞こえた。

その中に男の声も混じっていたので、彼は不審に思った。

脇田は立ち止まり、目を閉じた。

音のする方向は、たぶん原野の方角だ。一同は足を早めた。

ほどなくして原野を見渡せる場所に着いた。

あかね色の空の下で、草木が風にそよいでいた。

音はまだ続いている。

今は男の怒声もはっきりと聞き取れた。

姿を捜すと、脇田のいる場所からさほど離れていない川原に、大柄な男が棒切れで何かを叩いているのが目に入った。

ただならぬ様子だったが、男が地球人らしいのは分かった。一行は大急ぎで男の元へ駆けつけた。

声の主はレイだった。

レイが手にしたこん棒で、大きなとかげを叩きのめしていたのだ。

以前、避難カプセルで脇田たちを取り囲んだのも、たぶんそいつだろう。

しかし、すでに敵はこと切れていた。

微動すらしなかった。

レイがいくらこん棒を叩き込んでも、醜く発達した頭蓋骨からは、鮮血がほとばしるのみであった。

「レイ、もうやめろ」

「馬の、馬の足を食おうとしやがった。ちくしょう、この野郎」

レイはなかなかやめようとしなかった。

ひたすらその死骸を殴りつけている。

ふと脇田は、馬の群れが近くにあるのに気づいた。

馬の足、とレイは言っていた。


脇田はその群れをよく観察した。

すると一頭の子馬が、妙な歩き方をしているのに目が留まった。

左の後肢が赤く染まっていた。

「この辺りは夜になると、トカゲがたくさん出てくるのよ。野生馬が襲われることも珍しくないわ」

由里子が努めて冷静に言った。

「とにかく、もうよせ」

脇田はレイの肩をつかんで制止した。

「ワキタ……」

息を詰まらせながら、レイは脇田を呼んだ。こん棒を持つ手が震えていた。

「オレは弱虫なんかじゃないぞ。I’ll take a flight. Are you all prepared to die?」

訛りの強い英語なので、何を言っているのか、脇田にはさっぱりわからなかった。

「やけくそで『フライトしてやる』って言っているのよ。『死ぬ覚悟はあるんだろうな?』って」

由里子が説明すると、一同は絶句し、お互いの顔を見合わせた。

「お前の気持ちはわかったから、その棒切れをこっちによこせ。そして今夜は皆と一緒に飯を食うんだ」

緒方とやってきて、彼からこん棒をひったくった。

レイは馬の群れを見ながら、しばし放心していた。

「タクバが『馬は神様だ』って言ってたこと、よくわかるよ。この星で馬を眺めていて、何か教えられたような気がする」

彼は傷ついた子馬を見つめながら、つぶやいた。

由里子はジッとレイの横顔を見ていた。由里子の表情は、笑っているようにも泣いているようにも見えた。

脇田は、この男はよほど優しいのだろう、と思った。

今は、レイの大切にしている何かを踏みにじるべきではない。

壊れた心の修復にはまだまだ時間が必要に思えた。

 

つづく

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